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八十八(やそば)の清水屋

二百余年、香川県坂出市で手作りを守り受け継いだ手法で、名物ところてんを造り続けております。
伝統の味を是非ご賞味ください。

お子様に、パーティーに大人気の楽しい本格筒ところてんセットです。

3つの味がセットになった、ところてんお試しセットです。

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悪魚退治伝説origin

〜まえがき〜
香川県坂出市の旧高松街道沿いの峠に、「八十場の水(やそばのみず)」があります。
古くから旅人たちの休憩所として親しまれ、夏には涼を求める人々が集う憩いの場所となっています。
この水には、昔から語り継がれてきた「悪魚退治伝説」が残されています。


【はじまり】
昔々、景行天皇の時代のことです。 瀬戸内海に、エビのような姿をした巨大な魚がおりました。 その魚は「悪魚(あくぎょ)」と呼ばれ、船を襲い、人を飲み込み、海を荒らしていました。 その知らせを聞いた景行天皇は軍隊を送りましたが、悪魚はあまりにも強く、兵たちはみな食べられてしまいました。 困った天皇は、武勇に優れ、天下に名高い日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に悪魚退治を命じました。 すると日本武尊は、「この役目は息子の武殻王(タケカイコオウ)に任せましょう」と言いました。


【悪魚退治】
命令を受けた武殻王は、家来たちを集め、頑丈な船を造りました。 やがて、「悪魚が現れたぞ!」という知らせが届きました。 武殻王は八十八人の力自慢の若者たちとともに船に乗り込み、讃岐の海へ向かいました。 ザバーン!大波を立てて悪魚が現れます。 軍船と悪魚は何度もぶつかり合い、激しい戦いを繰り広げました。 そして、ついに悪魚は大きな口を開け ガブリ! 船ごと武殻王たちを飲み込んでしまったのです。 悪魚の腹の中には恐ろしい毒気が渦巻いていました。 若者たちは次々と倒れていきます。 けれども武殻王だけはあきらめません。 「負けるものか!」 気力を振り絞って立ち上がると、刀を振り上げました。 そして― ヽ(^o^)ノシュッ! 悪魚の腹を切り裂いたのです。 さすがの悪魚も腹の中から切られてはたまりません。 苦しみにのたうち回りながら浜辺へ流れ着き、そのまま動かなくなりました。


【不思議な清水】
武殻王が浜辺に立っていると、どこからともなく一人の神童が現れました。 神童は、かめに入った清らかな水を差し出します。 武殻王がひと口飲むと、「なんと、おいしい水だ!」と声を上げました。 武殻王は、悪魚の毒気に苦しむ若者たちにも飲ませてみました。 するとどうでしょう。 倒れていた若者たちは次々に目を覚まし、みるみる回復していきました。 こうして八十八人の若者たちは、みな元気を取り戻したのです。


【八十場の霊水】
それ以来、その清水は「八十八人が蘇った水」――「八十場(やそば)の水」と呼ばれるようになったのです。 その水は、どんな日照りにも枯れることなく、今なおコンコンと湧き続けています。 そして今も、多くの人々に親しまれているのです。


【讃留霊王】
さて、悪魚退治の功績を認められた武殻王は、讃岐の国を治めることになりました。 城山に館を築き、人々のために力を尽くした武殻王は、やがて 「讃留霊王(さるれおう)」 と呼ばれるようになりました。 こうして武殻王は、讃岐の人々に慕われながら暮らしたということです。 おしまい